はじめに:かつての「憧れのF2.8L」を手放した日
カメラを趣味にして何年も経つと、心の中にずっと住み着いている「Lレンズへの憧れ」ってありますよね。あの赤いラインが施された鏡筒を見るだけで、どこか特別な高揚感を覚えるものです。
私もご多分に漏れず、以前は「EF16-35mm F2.8L USM」という、キヤノンの超広角ズームの歴史を支えてきた銘玉を使っていました。発売されたのは2001年のことですから、現代の基準から見れば、ある意味「オールドLレンズ」と呼んでも差し支えない世代のレンズです。
このF2.8L(I型)というレンズ、本当に面白い一本でした。現代のデジタル専用設計のレンズのように、画面の隅々までキッチリクッキリ写るわけではありません。むしろ、周辺部はそれなりに流れますし、開放で撮ればなだらかな周辺光量落ちが発生します。倍率色収差(画面の周辺部で赤や青のフチが出る現象)もそれなりに出ました。
でも、その「完璧ではない部分」が、不思議と写真に情緒を与えてくれていたんですよね。どこかフィルム時代のような空気感というか、現代のレンズが失ってしまった「レンズのクセ」が、光の捉え方によってドラマチックな効果を生んでくれていたんです。周辺光量落ちが自然なトンネル効果になって、視線を中央の被写体に誘導してくれるような、そんな「写りすぎてつまらない」とは無縁の、愛着の湧くレンズでした。

そんなお気に入りのレンズでしたが、半年ほど前、ふと「もっとクセの少ないレンズなら使い道が広がるのではないか」と考えるようになりました。
古くても大三元レンズ、F2.8という明るさは魅力的でしたが、実際に使用する場面では絞ることが多く、F2.8はそれほど重要な要素ではありませんでした。開放F値こそ一段暗くなるものの、EF16-35mm F4L IS USMへ入れ替えても困る場面はほとんどなく、それどころか薄暗い時間帯では手ブレ補正という大きなメリットがあります。
完璧ではない大三元レンズは、印象的で味のある写真を撮るには最高の一本でした。一方で、新しい技術によって磨き上げられたEF16-35mm F4L IS USMは、まさにEFレンズの完成形ともいえる存在です。描写性能と実用性のバランスは素晴らしく、今ではこの小三元レンズに買い替えて本当に満足しています。
1. F4という選択。なぜ明るさを捨てても後悔しないのか?
超広角ズームを選ぶとき、一番悩ましいのが「F2.8にするか、F4にするか」という問題ですよね。カタログスペックだけを見れば、F2.8の方がもちろんよく見えますし、大は小を兼ねると思ってしまいがちです。私も最初は「F4だとボケが物足りないんじゃないか」「室内でシャッタースピードが稼げないんじゃないか」という不安が少なからずありました。
しかし、実際に半年間、日常のスナップや風景撮影で使い込んでみて、その不安は完全に消え去りました。「広角ズームでは、F4こそ最もバランスの良いスペックだと感じている」というのが、今の私の結論です。
F4という余裕が生んだ描写力
少し技術的なお話。
かつてのEF16-35mm F2.8L(I型)は、開放F2.8という明るさを実現するために、当時の光学設計の限界へ挑んだレンズでした。その代償として、絞り開放時の画面周辺部は、サジタルコマフレア(画面周辺の点光源が鳥が羽を広げたように歪む現象)や非点収差、像面湾曲などの影響を受けやすく、中央部はシャープでも周辺は甘さの残る描写でした。風景撮影で画面全体をしっかり解像させようと思うと、F5.6〜F8あたりまで絞るのが定番だったわけです。
それに対して、このEF16-35mm F4L IS USMは、無理にF2.8を追い求めず「F4スタート」としたことで、光学設計そのものを、描写性能重視へ振ることができました。
開放F値をF4としたことで、大口径レンズ特有の収差補正がしやすくなり、ズーム全域で高い描写性能を狙える設計になっています。
レンズ構成を見てみると、大口径の両面非球面レンズを含む3枚の非球面レンズと、2枚のUD(Ultra Low Dispersion)レンズが贅沢に使われています。非球面レンズは球面収差や歪曲収差を効果的に補正し、UDレンズは光の波長による屈折率の違いを抑えることで、軸上色収差や倍率色収差を低減。画面周辺まで色にじみの少ない、シャープな描写に大きく貢献しています。
この設計の恩恵は、RAWデータを等倍表示すると、その違いが分かります。このレンズは、絞り開放のF4から画面全域で非常に高い解像性能を発揮し、四隅まで安心して使える描写を見せてくれます。
かつてのF2.8Lのように、「周辺を落ち着かせるために絞る」という引き算の発想はほとんど必要ありません。キヤノンが公表しているMTF曲線でも周辺部まで高いコントラストと解像力を維持しており、その傾向は実写でもはっきりと体感できます。周辺の「流れ」や「にじみ」はよく抑えられ、木々の葉や細い枝、ビルの窓枠といった細部まで、16mmのワイド端から35mmのテレ端まで実に気持ちよく描き切ってくれます。
もちろん最新世代のRFレンズと比較すれば、周辺部の解像力や収差補正では一歩譲る場面もあります。しかし、2014年発売ということを考えれば、その描写性能は今なお第一線。特に風景や建築撮影では、「開放から安心して使えるLレンズ」として完成度の高さを実感できる一本です。
実際に使って分かった、このレンズの5つの魅力
逆光にも強い。現代設計ならではの安心感
購入前から、逆光耐性が高くゴーストが出にくいことは、さまざまなレビューで知っていました。そして実際に半年ほど使ってみると、その評価に偽りはありませんでした。
古いEF16-35mm F2.8L(I型)は、太陽を画面内へ入れるような構図では、ゴーストやフレアが比較的発生しやすいレンズでした。それもレンズの個性として楽しんでいましたが、構図によっては意図しない位置に大きなゴーストが現れ、「この構図はやめておこう」と諦めることも少なくありませんでした。
その点、このEF16-35mm F4L IS USMでは、その心配がほとんどありません。もちろん撮影条件によって絶対にゴーストが出ないわけではありませんが、実際に使っている限りでは驚くほど発生しにくく、「ゴーストが出るから構図を変えよう」と考える必要はほとんどありません。
キヤノン独自のSWC(Subwavelength Structure Coating)の効果もあり、太陽を画面中央付近へ大胆に配置した構図でも、ゴーストやフレアを気にすることなく撮影できます。撮りたい構図を優先できるというのは、実際に使うと想像以上に大きなメリットです。
下の作例は、真冬の雪原で太陽を画面上部中央に入れ、F16まで絞って撮影したものです。ゴーストを気にせず構図を決められただけでなく、シャープで美しい光芒光芒(通称「ウニ」)が素直に伸びてくれました。この美しい光芒も、このレンズを気に入っている理由のひとつです。

光芒(ウニ)の本数は絞り羽根の枚数で決まります
偶数枚は同じ本数、奇数枚は2倍
→本レンズは9枚羽根なので、光芒は18本ですね

四隅まで破綻しない描写が、構図の自由度を広げる
超広角レンズは、どうしても主題を中央に置きたくなります。
理由は簡単で、古いレンズほど画面周辺部は流れやすく、隅に重要な被写体を配置すると解像感が不足しやすかったからです。
実際に撮影してみると、その違いはすぐに実感できます。
EF16-35mm F4L IS USMは、画面周辺まで解像感が高く、周辺流れも非常によく抑えられています。もちろん最新のRF Lレンズと見比べれば四隅にはわずかな甘さを感じる場面もありますが、実写で不満を覚えることはほとんどありません。
そのため、建築物をフレームいっぱいに配置したり、木々を画面の端まで入れ込んだりしても安心感があります。
この描写については、国内外を問わず多くのレビューで共通して評価されています。「四隅まで高い解像力を維持している」「風景撮影では開放から十分な描写性能」「周辺画質が非常に優秀」といった評価をよく目にしますが、半年使ってきた私もまさに同じ印象でした。最新のRFレンズには一歩譲るものの、EFレンズとしては非常に完成度が高く、スペック表やMTF曲線だけでは伝わらない「安心して構図に集中できる」という感覚こそ、このレンズの大きな魅力だと感じています。
撮影時に「周辺だから少し妥協しよう」と考える必要がなく、構図だけに集中できる。このストレスの少なさは、実際に使い込むほどありがたく感じます。

16mmと35mm。一本で楽しめる2つの表情
16-35mmというズーム域は、数字以上に表現の幅があります。
下の写真を例に違いを確認してみましょう。
16mmでは、緩やかに続く丘の起伏と、どこまでも広がる雪原、そして高く広がる空まで、一枚の写真に収めることができます。3月になると雪面は日差しを受けてわずかに輝き始め、畑には融雪剤による黒いラインが現れます。そんな冬から春へ移り変わる季節の空気感まで、超広角ならではのスケール感で表現できます。
一方、35mmまでズームすると写真の印象は大きく変わります。視野が適度に整理されることで、雪原に佇む一本の木や、丘を描くなだらかな曲線、融雪剤が作り出す模様など、「何を見せたいのか」がより明確になります。広さを伝えるというよりも、風景の一部分を切り取るような感覚です。
同じ場所に立ったままでも、16mmでは「丘陵風景全体のスケール感を伝える写真」、35mmでは「一本の木や丘の表情を主役にした写真」へと表情が変わります。
レンズ交換をすることなく、その場で伝えたいイメージに合わせて画角を選べる。この自由度の高さも、16-35mmというズーム域ならではの大きな魅力です。
【16mm作例】

【35mm作例】

最短28cm。広角なのに「寄れる」楽しさ
このレンズを使っていて、もう一つ便利だと感じるのが最短撮影距離28cmという近接性能です。
超広角ズームというと、「風景を広く写すレンズ」というイメージが強いかもしれません。しかし、このレンズは被写体へぐっと近づいて撮ることで、広角ならではの遠近感を活かした写真も楽しめます。
例えば、海辺では波打ち際までカメラを近づけ、波が足元まで押し寄せる瞬間を撮るだけで、迫力のある一枚になります。手前の波を大胆に見せながら、その先に広がる海や空まで写し込めるため、肉眼では味わえない奥行きのある表現が可能です。
防塵・防滴構造のLレンズということもあり、砂浜で多少砂ぼこりが舞うような環境でも、過度に気を遣いすぎず撮影できる安心感があります。もちろん、防塵・防滴だからといって過信は禁物ですが、こうした撮影スタイルを後押ししてくれるのもLレンズならではの魅力だと感じています。
この近接性能は海だけではありません。春になれば桜の花へ思い切って寄って撮ることもできます。一般的に広角レンズは背景がボケにくいと言われますが、最短撮影距離付近まで寄れば話は別です。F4でも、被写体との距離や背景との距離を工夫すれば、背景をやわらかくぼかした写真を楽しめます。
「広角だから寄れない」というイメージを良い意味で裏切ってくれるのも、このレンズの魅力です。風景だけでなく、花や小物、旅先の料理など、一歩踏み込んだ撮影でも使えるレンズです。

夜景や室内も怖くない。強力な「IS(手ブレ補正)」の存在
「でも、暗い場所ではF2.8の方が有利でしょう?」と思われるかもしれません。確かに、人物や動きのある被写体を止めたい場面では、純粋にシャッタースピードを稼げるF2.8にアドバンテージがあります。
しかし、静止した風景や建築物、夜景といった被写体では、このレンズにはF2.8にはない大きな武器があります。それが、約4段分の補正効果を持つ光学式手ブレ補正機構(IS)です。
広角レンズに手ブレ補正なんて必要なの?と思われるかもしれませんが、一度使うと考え方が変わります。これまでなら三脚を取り出したくなるような薄暗いシーンでも、手持ちで撮影できる場面がぐっと増えるからです。
もちろん、手ブレ補正があるからといって万能ではありません。構え方や撮影姿勢によって成功率は変わりますし、「1/焦点距離秒なら必ずブレない」という昔からの目安も、高画素化が進んだ現在では必ずしも当てはまらないと感じています。私自身、手ブレ補正のないEF16-35mm F2.8Lを使っていた頃は、撮影直後には問題なく見えても、帰宅後に等倍で確認すると微妙なブレに気付くことが何度もありました。
その点、このEF16-35mm F4L IS USMは、ISのおかげで低速シャッターでも安心感があり、結果としてシャープな写真が残る歩留まりが明らかに向上しています。実際には撮影条件や構え方にも左右されますが、自分がどこまでシャッタースピードを落とせるのかを把握しておくと、このレンズの実力をより引き出せるでしょう。
静止した被写体であれば、F2.8のレンズでISO感度を上げて撮影するよりも、F4のこのレンズで手ブレ補正を活かし、ISO感度を抑えて撮影した方が、結果としてノイズの少ない写真が得られる場面も少なくありません。センサーの高感度性能が大きく向上した現代だからこそ、「F4+IS」という組み合わせは、スペック以上に実用的な選択肢だと感じています。
2. 体に馴染むサイズ感と、劇的に進化した「フード」の秘密
次に、持ち出す道具としての「佇まい」についてお話しします。
F2.8L(I型)とF4Lにサイズ感を見てみましょう。

「あれ?重さはほとんど変わらないし、全長はむしろ少し長くなっているじゃない?」 スペック表を並べると、そうツッコミが入るかもしれません(笑)
サイズや重量だけを見る限り、大きな違いは見当たりません。ただ、実際にカメラ本体(例えばEOS Rシステムにマウントアダプター経由、あるいはEOS 6Dシリーズなど)に装着して手にしたときの「バランス」が絶妙なんです。
EF16-35mm F2.8Lは、前玉に向かってアサガオのように広がるデザイン。そのため、手で持ったときもフロントヘビー(前側が重い)になりがちでした。

一方、EF16-35mm F4Lは、根元から先端までほぼストレートな、すっきりとした円筒形のデザインになっています。この形状の変更が、値以上に取り回しが軽快に感じられます。
デザインも現代的になり、所有する満足感も高まりました。

違和感が消えた!大進化した付属フード
そして、個人的に声を大にして言いたいのが、付属の花形フード EW-82が日常的に付けっぱなしで使えるサイズになったことです。
広角レンズのフードといえば、これまではどんなイメージでしたでしょうか? そう、あの「巨大な朝顔型(花形)フード」です。かつてのF2.8Lのフードは、16mmの広い画角でケラレ(画面の隅にフードが写り込む現象)を起こさないために、直径が非常に大きく、横に大きく広がった形状をしていました。
あの大きなフードをつけた姿は、いかにも「プロっぽい」風格はありましたが、正直かなりの威圧感がありました。カバンに入れる時も大きすぎて、邪魔でかさばる原因になりますし、何より、その大きさが気になってしまいフードを常用する気になれませんでした。

それが、このEF16-35mm F4L IS USMになってどう変わったか。
新しい光学設計によって、フード自体が非常にコンパクトで、浅い形状に進化したのです。装着していても横への張り出しが最小限に抑えられているため、レンズ本体のストレートなラインと見事に一体化します。
バッグから取り出して、そのままフードを付けっぱなしで歩いていても、大げさな印象になりません。周囲に大げさな印象を与えることなく撮影に集中できます。しかも、フードとしての迷光遮断機能や前玉の保護性能はきっちり果たしている。ロック機構もついていて、不意に外れる心配もありません。
この「フードを付けっぱなしにしても格好悪くない、邪魔にならない」というレンズ設計の進化こそが、このレンズの手軽さを決定づけている隠れた魅力だと思っています。
3. 半年間使ってみてのリアルな感想:まさに不満ゼロの「優等生」
このレンズを相棒にして、冬春夏(秋はまだ)の移り変わりを約半年間見つめてきました。 結論から言うと、今のところ不満が本当に見当たりません。
誤解を恐れずに言えば、このレンズは「面白みがないほど完璧な優等生」です。
かつてのF2.8Lにあったような、「この光の角度で入ると綺麗なフレアが出るな」とか、「周辺が流れるから、主題はあえて中央に配置しよう」といった、撮り手の側がレンズの機嫌を伺うような楽しさは、このレンズにはありません。どんなに意地悪な逆光環境でも、ゴーストやフレアをほとんど気にすることなく撮影できます。
何も考えずにカメラを向け、シャッターを切るだけで、目で見た以上の鮮明さ、ヌケの良いコントラスト、そして濁りのないクリアな色再現で世界を切り取ってくれる。
カメラ歴が浅い頃なら、「なんだ、誰が撮っても同じように綺麗に写るつまらないレンズだな」なんて、生意気な感想を持っていたかもしれません。
でも、中級者以上の方なら分かっていただけると思うのですが、「クセがなく、思い通りに写ってくれるレンズ」が、どれほどありがたい存在か。
レンズのクセを計算に入れる必要がないということは、撮り手は「構図」と「光の選択」、そして「シャッターチャンス」だけに100%の意識を集中できるということです。特に16mmという超広角では、ほんの少しカメラを傾けるだけで写真の印象が大きく変わります。だからこそ、レンズの描写を気にせずフレーミングだけに集中できる安心感は想像以上に大きいものです。
作例








まとめ:大人のカメラライフに、この「引き算」が心地よい
ドラマチックな絵を紡いでくれた「癖が魅力的なF2.8L のオールドLレンズ」。そして、いま手元にある、「癖の少ない優等生なF4の現代Lレンズ」。
どちらが良い悪いという話ではありません。写真表現において、レンズの収差や癖は時に最高のスパイスになります。
ただ、今の私にとって、EF16-35mm F4L IS USMがもたらしてくれる「圧倒的な安心感」と「引き算の軽快さ」は、これ以上ないほど心地よいものです。F2.8という1段分の明るさを手放した代わりに、私は「どんな絞りでも四隅まで裏切らない描写」「手ブレを気にしない自由」を手に入れました。
もしあなたが「F2.8でなければダメ」と思っているなら、一度その先入観を外して、このレンズを手に取ってみてください。きっと、スペック表だけでは分からない完成度の高さに驚くはずです。
半年間使ってきましたが、「F2.8を手放して後悔した」と感じたことは一度もありません。それどころか、このレンズだからこそ撮れた写真の方が多かったように思います。今では安心して持ち出せる、私にとって欠かせない一本になっています。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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