普段は性能や使い勝手を整理してレビューを書くことが多いのですが、このノクトンクラシックに関しては、少し違う語り方をしたくなりました。
数字や機能の話だけでは伝えきれない魅力がある。だから今回は、レビューというよりコラムのように、自分の感じたことを中心に書いてみたいと思います。
レンズに惹かれる理由
レンズに惹かれる理由は、人によってさまざまです。
カタログの数値を吟味して、理性的に一本を選び抜くこともあれば、ふとした直感で「これしかない」と感じてしまうこともある。冷静に考えれば、評判のよい外れのないレンズはいくらでもあるはずなのに、なぜか少しマニアックでクセのある一本に心を奪われてしまうことがあるのです。
高性能レンズで撮った写真はたしかに美しい。しかし、必ずしも完璧でなくても、仕上がりがどこか素敵に見える一枚に出会うことがある。それこそが写真の不思議な魅力であり、レンズに惹かれる大きな理由だと思います。
僕が NOKTON classic 35mm F1.4 E-mount に手を伸ばしたのも、まさにそうした直感からでした。ちょうどα7Sに似合う一本を探していた頃で、Eマウント対応のマニュアルフォーカス、そしてクラシカルな描写。具体的には、絞り開放で光がにじみ、逆光ではフレアが発生する。もっと欲を言えば、虹色のフレアが現れること。逆に絞れば現代的なシャープさが得られること。まるで相反するような条件を求めていたのです。
便利さよりも「表現の幅」を広げてくれる一本。そんな面倒な理想に応えてくれるレンズなど、なかなか見つかるはずもなく、ただ時間だけが過ぎていきました。ところがある日、何気なく検索をしていて出会ったのが、このノクトン クラシックでした。
僕の心を決定的に動かしたのは、単にフレアが発生するだけではなく、虹色フレアを入れた写真を撮ってみたいという、やや偏った欲求でした。本来ならレンズ設計者が必死に抑え込むべき光のにじみを、むしろ積極的に取り込みたい、そう思わせてくれるレンズに出会えたのです。開放で光が幻想的に広がり、強い光が差し込む瞬間だけ、世界が少し違って見える。その体験に触れたときの胸の高鳴りは、久しく味わっていなかった感覚でした。
まさに2018年生まれのクラシックレンズと呼ぶに相合しいレンズです。
レンズを待つという贅沢
このノクトンは、すぐに手に入るレンズではありませんでした。受注生産のため店頭に並ぶことはなく、注文した時点では納期も未定。楽観的に「1ヶ月くらいだろう」と思っていたのですが、実際に届くまでには4ヶ月もかかりました。
普段の私なら、とても待ちきれずに中古品を探したり、似たようなレンズで妥協してしまうところです。ところが、この一本だけは不思議と違いました。中古や代替品に心が動くこともなく、待つ時間そのものが、小さな楽しみになっていたのです。振り返れば、これほど穏やかに待つことを楽しめたのは初めての経験だったかもしれません。
そして迎えた4月末、ようやく箱を開ける瞬間が訪れました。目の前に現れたのは、美しく精巧に仕上げられたレンズ。その姿を見た瞬間、「待ったかいがあった」という言葉が自然と胸に落ちてきました。
ファーストインプレッション ― 手にした瞬間の感覚
箱から取り出して最初に感じたのは、そのサイズと重量の軽さです。レンズ単体で262g、全長は39.6mmと、Eマウント用の35mm F1.4としては非常にコンパクトに仕上がっています。最近のフルサイズ用レンズは光学性能やAF機構の複雑化によって大型化が進んでいますが、このノクトンはその流れとは対照的な存在です。
外装は総金属製で、指先に触れる部分の剛性感は高く、特にフォーカスリングのトルクは適度な重さに調整されています。精密なピント合わせを前提とした設計思想が伝わってきます。また、絞りリングは1/3段クリックで操作でき、静止画撮影はもちろん、動画用途にも配慮された仕様です。
初代α7Sに装着すると、全体のバランスは非常に良好でした。ボディが小型軽量であるため、大口径レンズ特有の前玉に引っ張られる感覚がほとんどなく、スナップ用途や長時間の持ち歩きにも適していると感じます。サイズ面での相性は、このレンズの大きなアドバンテージといえるでしょう。
さらに心を奪われたのは フォーカスリングの感触。
高い精度で加工・調整された総金属製のヘリコイドユニットと、適度なトルクを生み出す高品質グリース。その組み合わせが、軽すぎず 重すぎず、しっとりと指に吸い付くような回転感を実現しています。ピントを合わせるという操作そのものが楽しく、まさに「カメラで写真を撮る」から「自分が写真を撮る」に切り替わる瞬間だと感じました。
マニュアルフォーカスでここまで楽しめるのは、Eマウント専用設計ならではのEVF拡大補助のおかげです。リングを回すと自動で拡大され、迷うことなくピントを合わせられます。昔のオールドレンズでは「勘」と「経験」も撮影者の力量が試される要素の一つでしたが、このレンズではクラシックな操作感と現代的なサポートが自然に同居しているのです。
背面に刻まれた”MADE IN JAPAN”の文字もまた、所有する喜びをそっと後押ししてくれます。コシナが一本一本を職人仕事のように仕上げた質感からは、道具を持つ歓びがじんわりと伝わってきました。
二つの顔を持つレンズ
このレンズを手にしてからというもの、気づけばα7Sにはほぼ付けっぱなしです。スナップに風景、物撮りに料理まで、気づけばあらゆる被写体にレンズを向けてきました。最初は「試し撮り」のつもりだったのですが、いつの間にか「とりあえずこの一本あれば大丈夫」という気持ちで出かけるようになったのです。まるで、散歩のお供にお気に入りのコーヒーを持っていくような感覚です。
開放の描写 ― 不完全さの美学
その親しみやすさの裏にある、もう一つの表情が、”開放F1.4で見せる不完全さの美学”です。
周辺減光がはっきり出て、光は柔らかくにじみ、背景は渦を巻くようにとろけていく。被写体の周りが夢の中のように揺らぎ、完璧さとは正反対の世界が広がります。
しかし、その「不完全さ」にこそ美しさが宿ります。
完璧でないからこそ心に残り、揺らぎがあるからこそ写真に温度が宿る。ノクトンの開放描写は、そんな「写真の真理」を思い出させてくれました。
開放の描写 ― 虹色フレアの魅力
そして見逃せないのが、”開放F1.4でしか出会えない虹色のフレア”です。
オールドレンズの作例で、虹色フレアをあえて取り込んだ写真を目にすることがあります。見る人によっては失敗に映るかもしれませんが、芸術的な観点で見れば、それは「失敗」ではなくひとつの表現です。ノクトンの開放でも、その独特のフレアを楽しむことができます。
光のあたり方によって、ほんの一瞬だけ虹色が浮かび上がり、被写体を包み込むように輝きます。儚くも印象的な、その表情は見逃せません。
絞った描写 ― モダンの切れ味
一方で、開放F1.4から絞っていくと、レンズは別の顔を見せます。”モダンで鋭い、その切れ味”です。F2.8〜F4くらいに絞ると、光のにじみは落ち着き、被写体の輪郭がシャープに立ち上がります。開放の柔らかさとは対照的に、モダンで精緻な世界が現れるのです。
線はピシッと立ち上がり、周辺までシャープに解像。街角の看板の文字や、木々の葉脈までも精密に描き出します。つまり、この一本でオールドの甘美さとモダンの切れ味を自由に行き来する楽しさがあります。
α7Sとの“必然的”な組み合わせ
NOKTON classic 35mm F1.4 E-mount と α7S は、まるで必然の組み合わせのように感じられます。気づけば無意識に手を伸ばしてしまうような、自然と使いたくなる魅力があるのです。ちょっとした買い物や散歩のときでも、このセットなら「まあ持っていこうかな」と気軽に思えてしまう。首から下げても重さを感じず、カバンに入れても存在を忘れてしまうほどです。スナップをしていても、カメラを構えていることを強く意識させないので、周りの視線を気にせず自分のペースでシャッターを切れるのも心地よいところ。気がつけば、その「さりげなさ」が撮る楽しさを後押ししてくれているのだと思います。
α7R IIでの使用感 ― 高画素機との相性
ノクトンを α7S と組み合わせるのはもちろん抜群ですが、実は α7R II でもよく使っています。
高画素でも耐えられるか?
最初に気になったのは「高画素機で本当に耐えられるのか?」という点でした。実際に撮ってみると、開放の柔らかさはそのままに、絞ったときの解像感はむしろ高画素によって際立つ印象です。繊細な質感もきちんと描き出してくれて、「古さを楽しむ」だけでなく「現代的なシャープさ」も安心して味わえます。高画素機ではレンズの性格がよりはっきりと表れるものですが、このレンズに関してはその特徴がむしろ魅力として際立ちます。開放の柔らかさと絞ったときのシャープさ――そのコントラストが α7R II の解像力によっていっそう明確になり、撮影するたびに「二つの顔を持つ」楽しさを実感できました。
手ブレ補正の恩恵
そして大きな違いは、ボディ内手ブレ補正です。α7Sにはなかった機能ですが、α7R IIではこれが非常に心強い存在になります。マニュアルフォーカスレンズだからこそ、わずかなブレを抑えてくれる補正のありがたみを強く感じます。高感度に強いカメラではありますが、手ブレ補正があることでISO感度をできるだけ低く抑えて撮れる。そのおかげで「もう一歩攻められる」安心感があり、これは大きなメリットだと思います。さらに、静物をじっくり撮るときにもブレの不安が減り、低感度でしっかり解像感を引き出せるのは、まさに高画素機との組み合わせならではの魅力です。
作例
まとめとメッセージ
NOKTON classic 35mm F1.4 E-mountは、低画素機でも高画素機でも、それぞれの魅力を余すことなく見せてくれるレンズです。だからこそ、このレンズが持つ“二つの顔”は、カメラボディの違いを超えて楽しめるのだと思います。
このレンズに惹かれた理由は”シンプル”です。
便利さより楽しさを選びたい。
完璧さより揺らぎを受け入れたい。
そんな価値観を、この一本が教えてくれます。ノクトンで撮影していると、「写真は被写体を写すと同時に、自分自身を写すものだ」という言葉が、自然と心に浮かびます。
もしあなたが、純正の高性能レンズに満足しつつも、どこか物足りなさを感じているなら。
もしあなたが、マニュアルフォーカスに惹かれつつ、少し難しそうとためらっているなら。
もしあなたが、もう一度、写真を撮る楽しさを思い出したいなら。
このレンズは、きっと心に響くはずです。もちろん万人向けではありません。便利さを求める方には不便に映るでしょう。しかし、不便さを楽しめる方や、揺らぎの美しさに価値を感じられる方にとっては、かけがえのない一本になると思います。
「レンズはただのガラスの塊ではありません。そこに込められた思想を通して、写真家は世界をどう見たいかを問い直すのです。」
NOKTON classic 35mm F1.4 E-mount。
私にとって、単なる道具ではなく、写真の楽しさを教えてくれる、心強い相棒です。
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